【聖母の被昇天(8月15日)】8月15日にマリアを記念した記録は、エルサレムに残されていた5世紀半ばのアルメニア語の朗読聖書にあり、マリアの死去を天における新しい誕生として記念していました。この祝いは、皇帝マウリキウス(在位582年~602年)によってビザンティン帝国内に広まりました。 西方教会では、6世紀のガリア典礼で1月18日にマリアの記念日があり、この記念日は7世紀に「マリアの被昇天」として祝われました。ローマでは7世紀半ばに、「聖マリアの誕生(Natale Sanctae Mariae)」を8月15日に祝うようになりました。当初はマリアが死の床についたことから“dormitio”(眠り)と呼んでいましたが、東方教会の影響を受けて、8~9世紀から“assumptio”(引き上げられること)すなわち「被昇天」と呼ぶようになりました。シリア出身の教皇セルジオ1世(在位687年~701年)は東方教会のマリアの祝祭をローマ教会に導入し、ローマではこの教皇の時代に、8月15日に聖ハドリアヌス教会からサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂までの行列が行われました。そして、8世紀の『グレゴリオ秘跡書』では、この日を「聖マリアの被昇天」と呼ぶようになりました。 その後、20世紀になるとマリア信心の影響を受けて、マリアの被昇天を教義として定めることを求める願いが教皇に提出され、教皇ピオ12世(在位1939年~1958年)は1950年11月1日に使徒憲章を発布し、カトリック教会の教義として正式に宣言しました。 第1朗読 黙示録11・19a, 12・1-6, 10ab 一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にしていた 第2朗読 一コリント15・20-27a 最初にキリスト、次いで、キリストに属している人たち 福音朗読 ルカ1・39-56 力ある方が、わたしに偉大なことをなさいました。主は身分の低い者を高く上げられます。
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